七曜日のこと。

三十代最後の夏。あらゆることを忘却していく日常に人知れず危惧を憶え、一週間ごとの日誌をつけることにした。できるだけとりとめのない事柄を書き留めてみる。

第六週。「希福」はどうだろう。

八月二十日月曜日。

お盆休みが明けて街は平時に戻り、サンマルクカフェで新聞広告の原稿をまとめる。今日はひさしぶりに長く寝られたので、頭が爽快で仕事も捗った。

東武百貨店ミニマルで、チョコレートアイスとベイクドチョコレートを買う。明日COFFEE&CO.インドネシア産マンデリンのシングルオリジンが届くので一緒に食べるのが楽しみ。焙煎度合いを自分で選べるので中煎りにしてみた。

夜、入浴しながら読書。涼しくなったので長湯ができる。「本の逆襲」を読了。ちょうど知り合いが下北沢でカフェの一角を間借りして古本屋を始めたばかりで、小商いについて考えさせられる。カーサブルータスの特集号「美しい暮らしをつくる本」も買ってきた。COFFEE&CO.もそうだが、小売の利幅で生計を立てることがいかに覚悟を伴う道であるかを思い知らされる。

〈本は、必ずしも買って手に入れることが前提のものではありませんでした。書店よりも図書館のほうが、はるかに長い歴史を持っています。(中略)そもそも形を持たない知識や情報は、本質的には必ずしも対価を払わなくても、人づてに得ることができてしまうものです。そのため経済学的にも、知識は公共財であると定義されています〉「本の逆襲」

 

八月二一日火曜日。

今日も午前中はサンマルクカフェに行って仕事をする。ひさびさに気温が三十度を超えて暑い。それでも心なしか夕方には秋の空気が漂っている。デザイン会社にコピーを送信すると、いろいろと修正の相談をもらい、また明日取り組むことにする。

夕食は空心菜の炒め物をつくる。簡単で美味しい。食後にCOFFEE&CO.のマンデリンをポーセリンのマグに淹れる。無印良品で買ったトラ焼きと一緒に食べる。中煎り豆は思いのほか重めに仕上がっていた。後味に苦味がかなり引く。

 

八月二二日水曜日。

「INUA」の入口は判りづらかった。看板もない。建物の九階と聞いていたが、夜八時にオフィスビルの正門は閉じられていた。結局、入口は建物の正面を小道に曲がり、従業員用通路のように見える階段の先にあった。敢えて目立たないように配置しているのだろう。弟が出迎えてくれたおかげでたどり着けた。数ヶ月先まで予約で埋まっているレストランの四人席が空いたので、行ってみないかと誘われたのが数日前。取り急ぎ集められた四人で会食となった。

夜八時。店内は仄暗い。ディナーは十三皿のコース料理。季節の花々を湯葉で包んでスパイスを振った料理や、低温で二時間かけてソテーしたきのこなど手の込んだ品々。独創性が高い料理で、対照群がない。比較できないので価値が絶対化する。花とスパイスの使い方が今のトレンドなのかもしれない。会計はワインとサービス料を込みで約五万円。一食に投じる金額では人生で最高額だ。再訪するかと問われれば微妙だが、不思議と「損をした」感覚はない。四時間以上もゆっくり滞在していたし、人に語れる話題にもなる。

 

八月二三日木曜日。

一日じゅう、眠気がとれない。原稿仕事は二つあったが、はかどらず。マラドーナセバスチャン・サルガドドキュメンタリー映画を見ながら寝落ちする。夜になってようやく頭が働き出し、仕事を片付ける。

デザイナーはどうしても画づくりに傾倒するあまり、予算の配分も著しく均整を欠くことがめずらしくない。イラストレーターやフォトグラファーにコピーライターの十倍のフィーを払うことも厭わないことすらある。

深夜に二つの大型台風が西日本を直撃すると予告されている。今年は台風の災害が多発している。

 

八月二四日金曜日。

夜半のうちに雨が降ったのか、空気が湿っぽい。恐ろしく風も強い。

民集会所は満席だった。発起人の森達也が壇上で挨拶をする。「オウム真理教の死刑囚十三人死刑執行」で真相が闇に葬られたことについて。オウム真理教地下鉄サリン事件で十三人を殺害したことも愚行なら、真相究明もままならぬうちに信者を十三人殺害したことも愚行。どちらも後世の検証に耐え得ない。

河野義行は事件被害者に本当に必要なのは応報感情を満足させることではなく、精神ケアと経済支援と語る。怨嗟を支えに生きてきた被害者は、その対象を失うことになる。加えて、元死刑囚という呼称もおかしいのではないかと言う。死刑執行によって刑期満了しているのだから、罪状を紐づける必要はない。

平和な社会を強く求めると、異物排除に力が向かう。戦争も平和を求めて行われる。秩序は異論を許容しなくなる。オウム事件を二度と起こしたくないという思いは皆同じだが、死刑執行という手段の評価はまったく異なる。

河野義行氏を犯人扱いして報道していた時分に、一人だけ異議を唱えたジャーナリストの言葉が印象深かった。

「河野さんは白なのに黒のように報じるのはおかしい!ではなく、白黒ついてないのに河野さんの犯人扱いはおかしい!と怒るべき」

 

八月二五日土曜日。

四年前に昏倒し、一命を取り留めたものの高次脳機能障害を患った高校時代の友人と、浅草橋のスクエアカフェで会う。半身を不自由にしているため、妻子とは別居し、実家に身を寄せてリハビリに励んでいる。作業所でパソコン操作を習っているが、一年後までに企業の障害者採用枠で就職口を探す必要があるらしい。

一年ぶりの再会だったが、当人は至って意気軒昂で、今日も三十五度の炎天下にウォーキングのノルマを果たしてきたという。くも膜下出血で倒れたのも過労が原因だったわけで、リハビリも過度に思い詰めていないか気がかりになる。熱中症の危険性もある。

夜、友人が家に来訪。手料理を振る舞いながら、ビールを飲む。来年の新しい年号を予想する。二文字の造語で、商標登録等に引っかからないことが条件だろう。このネーミングほどコピーライター冥利に尽きる仕事もない。「希福」はどうだろうと案をひねり出す。

 

八月二六日日曜日。

扉を開けると、懐かしい面々に再会した。ミニマルの四周年の社内パーティに招かれた。立食で料理をつまみながら、社長や副社長と近況を話す。彼らの精力的な働きぶりにはいつもながら頭が下がる。今は仕事の関わりはないものの、友人としてずっと気になる存在だ。

スタッフ(元ソムリエ)が「ダンデライオン」というチョコレート屋に行ったとき、ワインを置いていたけど、店の誰もワインに興味がないことが一目瞭然で失望したという話をしていた。銘柄も品質管理も適当で雰囲気だけで売っているのはワインに失礼ですよと。

たしかにそれは表れてしまうのだろう。音楽に興味がないのにレコードを流す店や、本に興味がないのにディスプレイで飾る店。いや、BGMやディスプレイはまだしも、金銭をとって売り物として扱うところが問題か。

外に出ると、全細胞にみしっと圧がかかるような暑さ。熱気の密度が異様に高い。夏の終わる気配は儚い幻のようで。