七曜日のこと。

あらゆることをあまりに忘却していく日々に人知れず危惧を憶え、三十代最後の夏に一週間ごとの日誌をつけていくことにした。できるだけとりとめのない事柄を書き留め、二十年後に読み返せたらそれなりに思うところがあるかもしれない。二十年前は十九歳だった。二十年後の自分のほうがずっと近くにいる。

第四週。たった四文字の、強い愛の言葉。

八月六日月曜日。

今年も原爆の日がきた。広島の平和資料館に行って映像制作をしたのが四年前。オバマ大統領が訪問したのが二年前。映像をを久々に見返してみる。

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昼すぎ、天王洲アイルで打ち合わせ。汗をかいて打ち合わせに臨むのは避けたいので、早めに近隣のカフェで涼んでから向かうか、会社へ向かう道すがら途中のビルで休憩しながら汗を引かせるかする。いずれにせよ時間に余裕を持って出向くことになる。今日は後者だった。モノレールの最寄駅から徒歩五分に満たない距離にも関わらず、手前のビルのエントランスのソファで一休み。隣のビルに移動するだけで汗が噴く。

打ち合わせ後、新木場に出て京葉線に乗って南船橋のイケアへ。新しく見つけた収納用品をいくつか買う。使う場所はまだ決めず、家に帰ってから考えることにする。イケアの収納用具はユニークなアイデアのものが多く、また売れ行きが芳しくないとあっさりと販売終了になるので、気になるものを見かけるとひとまず買って試している。

店内は平日なので子連れの主婦が多い。「ママ!見て!」と注意を引こうとする幼子の声があちこちから響く。「ママ見て」とはたった四文字の、なんと強い愛の言葉だろうと感じ入る。

昔はイケアの帰り道は重い荷物をがんばって運んだものなのに、今はもう買うものもあまりなく荷物が軽くなってしまうのが、どことなく寂しい。帰路の京葉線から海を眺めると、靄がかかって空と海の輪郭が霞んでいた。青い薄墨を流したように神秘的。

今夜の映画は『トラップ』と『オン・ザ・ミルキーロード』。エミール・クストリッツァの九年ぶりの新作『オン・ザ・ミルキーロード』はモニカ・ベルッチがとてもいい。撮影時は五十二歳だが、気品が備わって昔よりも美しい。若い頃より五十代になっても美しい女性は本当に素晴らしい。人生のピークをどこに持ってくるかなのだろう。それは自分で決められることでもないのだけど。

 

八月七日火曜日。

打ち合わせで品川に赴き、駅を出て屋根のある小径を伝いながらビルに吸い込まれ、別のゲートへ向かおうとしたとき、警備員に手で制される。通り抜け禁止なので来た道を駅まで戻れと指示される。通行を許すと全員が利用してビル側の都合が悪いのは想像がつく。そうであるならば、小径の入口に立て看板で一言注意喚起すれば済むものを、日雇い警備員を常駐させ、罪もない歩行者を高圧的に追い返す始末の付け方は、人を不快にさせるずいぶん手の込んだ方法だ。ビルの名は品川TWINSデータ棟という。ご念の入った心温まる手管に感銘を受けた。唯々諾々と百メートルほど駅まで戻って迂回する。台風が近づいていて久々に気温が三十度に届かない涼しい日だったため、いくらかの救いではあった。

ダンボールメーカーへのプレゼンテーションは首尾上々に終了した。雨に遭う前にまっすぐ帰宅する。つくづく品川は嫌いな街だと再確認した。品川に限らず、湾岸沿いの再開発都市はおしなべて人工的すぎて生理的に受け付けない。一刻も早く立ち去りたくなる。ついで言えば、スーツ姿の男たちしかいない空間も苦手で、息苦しくなる。こんなところに居れば気がふれるのも時間の問題だろう。

映画を見る。『マーガレット・サッチャー』と『長く熱い週末』。ちょうどどちらも80年代のイギリスを扱った物語でIRAのテロリストが大きな関心事だったことがよく判る。今の欧州はイスラム系のテロリストに神経を尖らせているが、以前からテロとは隣り合わせで生きてきたのだ。

 

八月八日水曜日。

台風が今夜にかけて関東に接近し、一日中雨降り。野菜スープを作りながら、家で仕事をする。今回は横着をして野菜スープにごぼうを入れなかったのは明らかな失敗だった。具材に歯ごたえが足りない。

ヤフー・オークションでレコードを落札した。届いたBOOWYのレコードを聴く。高校以来に「プラスティック・ボム」を聴いた。懐かしい。

今夜の映画は『ハング・オーバー』1と2を続けて観る。久しぶりに映画を観ながら声をあげて笑った。シーンごとに毎度見事に予想を裏切る脚本は本当に凄い。常に突拍子もない展開に振り切りながら伏線を回収する手腕も素晴らしい。

 

八月九日木曜日。

午前中、近所の診療所に降圧剤とアトピーの塗り薬をもらいにいく。eight days cafeで白身魚と卵のサンドウィッチのランチセットを食べる。エッグ・サンドウィッチが美味しかった。トーストの絶妙な焼き加減。

ピンタレストで、観葉植物の壁に大きな鏡を備え付けるアイデアを見て、グリーンが二倍に映るので、うちの大ぶりなサボテン鉢でもやってみようと思う。アンティークの姿見を探したい。

ヤフー・オークションで買ったレコードは送料が書かれておらず、三百円で落札したのに蓋を開けてみると宅配便の送料に千百円も取られ、届いてみるとレコードではなくレーザーディスクが梱包されていた。サイトにはレコードと明記されているので、明確な詐欺事案なので出品者に解約して返品する旨をメールで送る。

 

八月十日金曜日。

苦情の手紙が投函されている。夜間の重低音で寝付けないので夜十時以降は控えてほしいと、丁寧な女性の書き文字で綴られていた。スピーカーが映画の重低音を拾ってしまっていたらしい。家は二重窓にして防音施工をしていたがーー「重低音」とわざわざ文面に記載されていることからもーー中域音は遮断されていて低音部は防ぎきれていなかったことが判る。

迷惑をかけてしまったことは申し訳なく思うが、匿名の手紙なので謝ろうにもままならない(遠くまで音が漏れてはいないので十中八九、隣家の人間だけど)。夜十時以降は、音量を限りなく絞るか、ヘッドフォンを買い求めるか考えたほうがよいのだろう。もうずいぶん映画を中心に生活が廻っているので、映画を観ることは外せないので。

こういう局面になると、もう別の街に家を買って引っ越そうかと考えてしまう。

今日は仕事はなく、夕方にCOFFEE VALLEYにコーヒーを飲みにいく。ここのシングルオリジンは本当に美味しい。美味しい浅煎りを飲みたいときはここと決めている。ドライフラワーの香りが店内に溢れているのも好き。今日は空いていてよかった。

今日の映画は『ブレードランナー2049』。監督のヴィルヌーヴほどハリウッドの核心部でアート映画と大作映画を両立させようと闘っている人は珍しい。この十年、『静かなる叫び』からずっと全作品とても素晴らしい。『ブレードランナー2049』はSFテイストにまぶされているが、自分探しの物語だった。

深夜、試しに一階のiMACチャップリンの『サーカス』を観てみる。デスクトップのディスプレイで映画を観るのはどうなのかと思っていたが、灯りを落として少し距離を離して観てみると、案外悪くない。特に『サーカス』はこのくらいのサイズが逆にふさわしい気もしてくる。今までシアターは二階の部屋を使っていたが、一階でも観られることに気づけたのは収穫だった。夜間はこれで十分かもしれない。

 

八月十一日土曜日。

今日は日中から映画を立て続けに観る。『魔笛』『アマルコルド』『卒業』。

『卒業』は十代で観て以来だったけど、アイビールックといい、オープンカーといい、内省的な主人公と年上の女性の関係といい、“ダークネス”や“ビジョン”や“井戸”というイメージワードが出てくる主題歌「サウンド・オブ・サイレンス」の歌詞といい、村上春樹の世界観の源泉はここにあったのかいう気がした。ポール・サイモンと村上春樹の外見がそっくりなことは周知の通りでもある。

夕方から長い雨が降る。街の湿度がぐっと上がる。

 

八月十二日日曜日。

高校の友人が遊びに来る。ピザを焼き、マッシュルームのアヒージョを作り、エールビールを飲む。ミニマルのチョコレートを食べ比べる。ユーザーをエデュケーションしていこうとするミニマルの強い意志に心を動かされる。夕食には無印良品のカレーレトルト五種を食べ比べる。

友人とはトーキョーブルースをエンドレスに飲みつづけながら八時間喋り続けた。お互いの仕事の話をずっとしていた。