七曜日のこと。

三十代最後の夏。あらゆることを忘却していく日常に人知れず危惧を憶え、一週間ごとの日誌をつけることにした。できるだけとりとめのない事柄を書き留めてみる。

第三週。お母さんが二人いる。

七月三十日月曜日。

誰もがとうに気づいているだろうけれど、街中でキャミソールを着ている女性をもう見かけない。知らぬ間に流行は過ぎ去っていた。かわりに肩出し(オフ・ショルダー)が多い。

eight days cafeは天井が高く、全面ガラスで心地いい。席が広々と空いている。昼下がり、マックブックプロを持って作業をする。明日仕事で訪ねる二社に関して質問事項をまとめる。コーヒーの後にビールとフレンチフライを頼んで三時間以上居座った。物流センターと音響メーカー案件の戻しもおのおの来ていたので、粛々と対応する。

夜。自宅のスクリーンで映画鑑賞。クラウディア・カルディナーレ主演の『鞄を持った女』。クラウディアはつくづく完璧すぎる。イランのアスガー・ファルハディ監督の『ある過去の行方』。観るのは二度目だったが、ほとんど内容を忘れていたので初見のように楽しめる。ファルハディは、日常の小さな諍いから心理劇を組み立てる人で、どの作品も素晴らしい。こんなに小さなところでドラマが成り立つのかと驚かされる。特に、冒頭は主人公の肩を持ちながら見はじめるものの、後半になると敵対者の方に理があるのではないかと思えてくるあたりが見事で、重層的な見方を要求してくる。

 

七月三一日火曜日。

久々に早起きして地下鉄に乗り、久々のラッシュに巻き込まれる。虎ノ門事務機器販社の求人広告の取材。大阪の会社が東京に営業拠点を拡大し、現在は所長一人で運営しているので、すぐにでも部下が欲しいという切実な内容だった。営業職といっても接待や残業は皆無で、極めてクリーンな働き方をしている会社で好感を持った。

帰りに取材に同行してくれたディレクターと一時間ほど喫茶店で話す。お互いの仕事の話。彼は顔が広く、精力的で、刺激をもらう。

昼過ぎに新宿に移動し、花園神社の隣りのジョナサンで昼食を済ませつつ、次の打ち合わせまで準備をする。午前中の取材音声を聞き返しながら原稿をまとめる。夕方の3Dプリンター会社の聞き取りに向けて先方のサイトを読み込む。

表参道のデザイン事務所から電話をもらい、ダンボールメーカーの新聞広告を依頼される。すぐに話をしたいということだったので、先約の打ち合わせが終わり次第、出向くことにする。ジョナサンはずっと空いている上、ソファが座りやすく過ごしやすい。

3Dプリンター会社のエントランスで集合時間になっても製作監督が現れないので、七分経過したところでしびれを切らして電話をすると「延期になった。連絡し忘れた。すいません」とさして悪びれる風もなく告げられ、絶句する。これで二度目だ。

デザイン事務所との打ち合わせを十八時以降としていたので、再び喫茶店に入り、取材原稿の作業を続ける。3Dプリンター会社は難儀そうな案件なので身構えて準備していただけに気が抜けた。レコードオーディオの設営も頼みかけていたが、いささか迷いはじめた。

十八時に表参道へ行く。表参道は実家のある地元だが、最近は全然立ち寄れていない。ダンボール製品のデザインプロダクトの広告案件。美術監督のナカムラさんとは一年ぶりくらいの仕事になる。打ち合わせの後、小一時間ほど雑談をする。

今日で七月は終わる。本格的な夏日が訪れて久しいので、八月が終わったのかと思いたくなるが、なんのことはない、本番はこれからなのだ。

 

八月一日水曜日。

夜うまく寝付けず、朝方に少しだけ眠る。今日から三日は三十七度超えが予報されている。連日のことなので、もはや枯淡の境地に近い。

寝不足で一日を迎えると、作業が捗らなくて困る。家ではどうにも集中できず、夕刻にいつものサンマルクカフェへ。求人原稿の作業が一気に進んで安堵した。もっと早く家を出ればよかった。帰宅して二時間で原稿を整える。

夜八時、渋谷で行われた知人女性の誕生パーティに顔を出す。アマランス・ラウンジ。懐かしい面々との再会。余興でフレディ・マーキュリーのモノマネ芸人のステージ。面白い。前回のパーティでも見ていたが、ネタが分かっていても楽しめる。周りの人と名刺交換しながら喋る。コピーライターで一人で食べている、と自己紹介すると驚かれる。自分でもたしかに驚く。

 

八月二日木曜日。

朝から求人広告の原稿を最終的に整え、撮影写真とともに昼過ぎに送信する。求人サイトには項目ごとに字数制限があったり、総文字数の制限もあり、ゲーム感覚であちらこちらをいじる。楽しいのだが、初めての作業で存外に時間がかかった。ディレクターから見出し部分の再検討を求められ、四方向ほど案出しして送る。

夕方からeight days cafeに出かけ、ダンボール製品のコピー百本ノックをノートに綴る。この製品は野菜直売所を簡易素材によって「マルシェ」のようにお洒落に換えられる組立キットで、軽量・安価・気軽に扱えるのが売りとなっている。ただスペックというよりも、ダンボールが人をクリエイティブに変えるポテンシャルを秘めていることや、CtoCのマルシェ文化を広めていくような効用を訴求したいと言われている。そこにこそ広告の役割があるとも言える。

今日の映画は、NASAアメリカ初の宇宙有人ロケット開発に参画した黒人女性の闘いを描いた『ドリーム』。人種隔離政策が公然と行われていた六十年代に、「黒人」で「女性」で「ワーキングマザー」であることがどれほど困難を伴うか。勇気とプライドを持たないと生きていけない時代があったのだ。

マリオン・コティヤール主演の『愛を綴る女』。ストーリーはややどうかと思う箇所もあったが、マリオンが出ていたので最後まで見られた。

このところ、野菜スープを冷蔵庫で保管し、ご飯にかけて食べる食事を続けているので、栄養摂取は普段より良好な気がする。

 

八月三日金曜日。

物流センターのブースで行うスピーチ原稿を書く。四回分で四時間もかかってしまった。意外と消耗した。ダンボール会社の新聞広告案出しに向けてコピーをまとめていかなくてはいけないが、眠いのでソファで小一時間うたた寝

午後四時。表参道へ向かう。雨が降った後らしく地面から湿気が立ち昇っている。逃れられない熱気。この張り付くような逃げ場のない暑熱は言葉ではなかなか伝えにくい。デザイン会社でコピー案出しをして打ち合わせ。週明けにクライアントに見せる案をまとめる。

青山一丁目で会食が予定されているので徒歩で向かう。実家のそばを通り過ぎ、保育園に迎えにいく母親たちと大勢すれ違う。自分がここで同じように過ごしていたのはもう三十年以上前だ。途中で古道具屋「グランピエ」に立ち寄り、鶏の鉄製オブジェを買い求める。

十八時半。母が十人ほどの知人たちと定期的に行っている日本酒の勉強会に参加する。栃木の蔵元「惣誉」の社長が生酛の造り方や日本酒品評会の傾向と対策について解説してくれる。かなり興味深い話をいろいろ聞ける。あとは会食しながら雑談。小学館の編集者が藝大と組んで新施設を秋にオープンする話など、じつに面白い。

帰宅してテレビドキュメンタリーをまとめて見る。養子縁組をする親の話。「夫婦二人じゃ恋人と変わらないので、家族って感じがしないんですよ」という女性の言葉には考えさせられた。すでに小学生まで養子を育てた家族では、子供も生みの親のことを分かっていて、「私にはお母さんが二人いるの」と言う。養子縁組には世間の理解が不足している向きもあるが、「お母さんが二人いる」というのは大いに自慢していい。強く幸せに生きてほしいと願う。

 

八月四日土曜日。

ことあるごとに天気予報アプリで一時間ごとの天気と気温を見るが、連日まったく同じ内容で壊れているのかと思う。今日も最高気温三十六度猛暑日だ。

一年ほど前から家の壁面緑化に励んでいて、夏は二日に一度水やりをしなくては見る見る葉が萎れていく。冬になれば一週間に一度で事足りるようになるものの、これではおちおち旅行にもいけない。生き物を育てているのだからやむを得ない。地面に深く根付けば水やりは要らなくなる。

午後、ヴィドフランスの喫茶コーナーで仕事。ダンボール製品のコピー百本。ようやく百本まで到達する。

今夜の映画はTSUTAYA発掘良品の二本。『摩天楼を夢見て』と『天国に行けないパパ』。どちらも九十年代初頭の作品。『摩天楼を夢見て』はアル・パチーノとケヴィン・スペーシーが共演していたことに驚く。二人の言い合いの場面もけっこうあるので、意外な組み合わせを見るのが楽しい。アル・パチーノは当時五十代だが、ものすごく若い。役柄の設定もおそらく三十代なので、そのくらいの年齢に見える。

 

八月五日日曜日。

下北沢でカフェやギャラリーを数軒運営している知人から数年ぶりに連絡をもらい、新しい店舗の話を聞きに出かけた。本屋ジャーナリストをしている彼が、新店舗に置く手作り本棚に蜜蝋を塗る作業を手伝う。数年ぶりの再会で、彼の奥さんも加わり、六人ほどで会食。書店員に保険業界やEC 業界の人もいて、それぞれの業界話を聞く。保険会社は社内よりも部署ごとの他社との付き合いの方が濃密という話は興味深かった。間借り本屋「BOOKSHOPTRAVELLER」は二週間後の開店予定らしい。

帰りがけ、ビールは飲んでいたものの、駅のスターバックスに入ってコピーのまとめと企画書づくりを仕上げる。帰宅して企画書の作業を続け、深夜一時過ぎにようやくデザイン会社に送信する。

今週は、仕事と用事で出かけてばかりいた。乗り切れてよかった。