七曜日のこと。

三十代最後の夏。あらゆることを忘却していく日常に人知れず危惧を憶え、一週間ごとの日誌をつけることにした。できるだけとりとめのない事柄を書き留めてみる。

第五週。アメリカにNOと言える唯一の国。

八月一三日月曜日。

フリーランスは、仕事が途切れると必然的に休日になる。今週はお盆休暇でクライアントの休みが多いので、自分も休みに近い。

午後、雷が近くで轟き、カーテンを引いたように一気に空が暗くなる。雨の夕刻の静かな時間が訪れる。

映画『あゝ、荒野』。前篇と後篇で五時間を超える大作。それでも一気に見入ってしまった。観る前は寺山修司の書いたテロリストの物語なのかと思っていたが、驚くほど真っ当なボクシング映画だった。ボクシングシーンは近年観た中でも出色の出来映え。菅田将暉の獣のような熱量に唸らされる。役者として一番いい時期にいい作品に出会えたと思う。

 

八月一四日火曜日。

今日は一日、本を読む。サスペンス小説『サイコパス』。音楽はフィフス・アヴェニュー・バンド柴田元幸訳のサリンジャーナイン・ストーリーズ』もひさびさに拾い読みする。

映画『プーチン・インタビュー』。オリバー・ストーン監督がクレムリンに単身乗り込み、ウラジミール・プーチン大統領に一対一でインタビューをした全四時間の作品。たった一人で取材に答えるプーチンの度量に、まず驚いた。プーチンといえば元KGB職員であり、きな臭い噂には事欠かない。周辺国への軍事行動やロシアゲート疑惑などの渦中の人物でもある。それがオリバーのような手練れの映画作家と相対することの意味は大きい。日本の安倍首相ではまず不可能だろうし、世界中のどの現役首脳でも難しいに違いない。

アメリカはNATO存続のためにロシアを外敵にしている」というプーチンの主張は一定の説得力がある。どんな質問にも感情を害することなく理知的に説明をする姿勢は、内容如何は差し置いても信用に足るように映った。

共和党民主党のような二大政党制がバランサーとして機能するのだとすれば、アメリカの暴走を止める存在も必要なのだろう。良くも悪くもロシアは現在、アメリカに対してNOと言える唯一の国である。だから、エドワード・スノーデンが亡命する先はロシアしかありえなかった。

坂本龍一ドキュメンタリー映画『CODA』。癌手術後のニューヨークの自宅兼スタジオでの創作活動を追う。六十代後半になっても新たな音楽への情熱を失わない人生は眩しい。そもそも自らの創作で稼いで食べていけるということ自体がとてつもない。

 

八月一五日水曜日。

新刊ビジネス書『GAFA』を読む。グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの頭文字からGAFAと称される四社は、国家を越えて二十一世紀を牛耳るルールメイカーである。自分もこの四社は総て利用しているので、彼らの今後の戦略は興味深い。

各企業の提供価値は、人間の根源的な本能に根ざしているという。グーグル(知識を得たい本能)、アップル(シンプルかつクールでありたい本能)、フェイスブック(承認欲求と繋がりたい本能)、アマゾン(狩猟して獲得したい本能)。四社の中ではアマゾンの戦略が圧倒的に興味深い。

今日の映画は、巨匠アンジェイ・ワイダ監督の遺作『残像』。冷戦さなかのポーランド。当局から迫害される前衛芸術家と、彼を慕う学生たちの実話を基にしている。反骨精神のある人物を見るのは気持ちいい。自分の意に染まない異分子を容認できる社会を作れているかと問われている。アンジェイの画もいい。遺作でこのクオリティを保っているのは凄い。

コロンビア映画の『彷徨える河』。アマゾン河を源流まで辿るドイツ人研究家と先住民の記録。戦闘シーンのない『地獄の黙示録』というか、狼や恋愛のない『ダンス・ウィズ・ウルヴス』というか。モノクローム映像がひたすら壮麗。

 

八月一六日木曜日。

このところ寝付く時刻が朝方で、起きるのも遅くなっている。今日は日中気温が三十度程度で、風も涼しい。夕刻、サンマルクカフェで読書。

キンドルのアンリミテッドの無料期間が終わるが、今のところキンドルでの読書はちっとも捗っておらず、解約することにした。キンドルが使いにくいのは、ページ数が表示されず全体のパーセンテージ数であることと、ずっと前のページに戻ろうとするとき紙の本のようにパラパラとはいかず、かなり億劫であることだ。慣れの問題かもしれない。

映画『ニューヨークストーリー』と『FOCUS』。途中でDVDを止めてソファでまどろむ。『FOCUS』は高校以来に観た。あいかわらずの傑作。テレビ取材という設定のため、収録素材そのものを見せられているかのような異常な長回し浅野忠信の凄味に戦慄する七十分。二十年前の映画ながら、今観てもハラハラする。思えば、ファウンド・フッテージ映画の先がけと言える。監督のオーディオコメンタリーも観たが、大したことを喋っておらず逆に驚く。

 

八月一七日金曜日。

夜二時に寝付いたが、朝五時に目が覚めてしまった。再び寝ようとするも寝入れず、七時に起きる。今日も仕事に動きはなく、九時にサンマルクカフェでハムチーズクロワッサンとコーヒーで朝食。

来週半ばまで最高気温が三十度に満たず、夜は二十度近くまで下がるらしいので、かなり涼しく感じられそうだ。お盆を過ぎると秋の気配が漂ってくる。去年はお盆からはもう完全に秋だった。夜、鴨南蛮そばを食べる。

映画『三度目の殺人』。去年の劇場公開時以来の鑑賞。是枝監督は観客を飽きさせずに興味を引っ張っていくストーリーの情報提示の手順が本当に巧い。この作品は特にダレ場もなく、緊張感を保ったまま二時間を見せ切ってしまう。観終わった後に題名の意味を考えて慄然とさせられる。二度目の鑑賞でも十分楽しめる良作だ。

NHK-BSテレビドキュメンタリーで、アメリカの刑務所ビジネスの実態を見る。アメリカの地方では刑務所が急成長産業で、地域の主要な納税者なのだという。そのために絶え間ない受刑者が必要で、麻薬取締が手っ取り早い受刑者確保になっているという話。こうして書き綴っていても最高のブラックコメディだ。

 

八月一八日土曜日。

朝九時、六本木アークヒルズで撮影。ウィークエンドの朝の溜池山王はほぼ無人の街。ドトールのサンドイッチセットで腹ごしらえして現場に向かう。天候にも恵まれ、店員役のモデルさんは清潔感があって、いい雰囲気の写真に仕上がった。

撮影後、クライアントの担当者とオープンカフェで打ち合わせ。ビジュアルに対するコピーの配置の仕方で指摘を受けていたので、デザイナーが検証したカンプを挟んでコメントをする。結局、最良の形でまとまって安堵した。クライアントの指摘内容ももっともだったので、とてもいい意見交換になった。キャッチコピーを非常に気に入ってもらえていて、これから書くボディコピーにも期待をかけられた。

今回の新聞広告は、新商品広告でありながら、商品開発コンセプトに社会貢献の意図が強く籠められているので、結果的に企業姿勢を世に問うことになる。開発者からあらためてその思いを聞くことができた。今回の案件では「他人の思いを形にする」側面が大きく、コピーライターの仕事は突き詰めればそういうことに尽きるのだと思い出すことになった。

午後二時、排水管の高圧洗浄業者が来訪し、浴室とトイレの洗浄。前回が五年ほど前だったので、修繕のタイミングとしてはやや遅いかもしれない。今回は薬剤とポンプでも洗浄も追加して、考えうる限りの処置を施した。浴室は月に一度くらいの薬剤(PPスルー)散布を薦められた。

 

八月一九日日曜日。

今日も涼しい気候だったので、ひさびさにロードバイクのタイヤに空気入れをして、石神井川沿いの帝京大学病院の学食に出かけた。十五分ほど爽快に走り、汗もかくことなく到着した。大学は夏期休暇中のはずだが、学生は意外と多かった。

病院内のドトールで、段ボールメーカーの新商品のコピーを仕上げる。この店はいつも空いていていい。

ケヴィン・ケリー著『インターネットの次に来るもの』を読み始める。冒頭から名著の予感。著者は「ホール・アース・カタログ」や「WIRED」を創刊した伝説の編集者らしい。本書の内容もかなり濃く、先が楽しみ。

今日の映画は『ヒストリー・オブ・バイオレンス』と『ファイブ・イージー・ピーセス』。『ファイブ・イージー・ピーセス』はアメリカンニューシネマの隠れた名作だ。渋滞の高速道路でジャック・ニコルソンのピアノ演奏、ラストのガソリンスタンドの遠景など名シーンが多かった。

弟から電話があり、次の水曜日に夕食に行くことになった。飯田橋のINUA。コペンハーゲンのNomaが手がけた肝入りの高級レストランらしい。